2016年10月26日

ヴィエリチカ岩塩坑とクラコフの街(ポーランド)

クラコフの旧市街からバスで30分程、ヴィエリチカ岩塩坑に到着しました。

ヴィエリチカ岩塩坑に到着するとすーごいたくさんの観光客。
雨だと町には人が少ないですが、こういったところは混みますね。
内部はガイド付きツアーでないと入れないため、順番を待たなくてはいけません。

英語のツアーにするか、ポーランド語のツアーにするか迷いました。
私は英語のツアーが良かったのだけど、英語だとポーランド語より1500円くらい割高なのと
とにかく待ちそうだったので
ポーランド語押しの彼に説得され、結局ポーランド語ツアーにしました。
彼は言ってる事が分かんなくても中が見れればいいじゃん、ていう意見でした。
チケットを買うときに偶然後ろに並んでいたスロヴァキア人の3人も、「何言ってるか分からなくてもいいよな、分かってるふりしような!」と言ってたのが可笑しかった。

さて、私らの番が来ました。30人一緒にまわります。
始まってちょっと驚いたのが、、オンドラがポーランド語をけっこう理解できていたことです。
さすが同じ西スラヴ語圏。
ポーランド語は、チェコ語に似ている言葉とスロヴァキア語に似ている言葉が混ざっていて、
何となく理解できてしまったみたい。
ガイドさんの話の60%くらいは分かったようで私に通訳してくれました。
1人のガイドさんに30人は多く、ちょっと離れるとイヤホンで聞いてる声も届きにくくなったりして
結局は英語にしなくてもよかったなと思いました。

地下360m、800段の階段を降りていきました。
岩坑内は15度前後の一定温で外よりも温かいです。

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洞窟の中はすべて塩でできています!
そう、歩いていると塩ってこと忘れるのでね、ガイドさんがたまに塩よ、塩と言ってくれます。

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岩塩坑を発見したといわれるキンガ姫の像。この象も岩塩でできている。

塩は貴重な資源の一つ、採掘した岩塩は宝のようなもの。
坑道には、岩塩坑の歴史を紹介する等身大の人形などがいっぱい立っていました。
抗夫達がどのように働いていたのかなどを紹介していました。

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岩塩坑の中は蟻の巣のようにはりめぐらされており
ガイドさんと一緒でないとこれ確実に迷子になります。
坑道の長さは、300kmもあるようです。


聖キンガ礼拝堂に来ました。

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ここが岩塩坑の一番の見どころ!

ここは坑内にあるもので一番大きい礼拝堂。
抗夫たちが岩塩を掘り出し運び出すという仕事の合間に、信仰心から岩塩の中に教会や礼拝所を作ったようです。
坑道内には、40を超える礼拝所があるようです。

岩塩でできている装飾など、素晴らしくてため息がでました。
タイル張りみたいな床もシャンデリアも彫刻も、全部岩塩でできているって
信じられない・・・

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美しい祭壇。これも全部塩。

オンドラは、ここ昔遊んだロールプレイゲームに出てきた教会とそっくり!
と嬉しそうでした。超男子な感想・・

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後で見た、この小さい礼拝堂も素敵でした。


こちらは地底塩湖。

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地底湖の塩分濃度は30%にもなり、ここに入ると死海のように浮くらしいです。


岩塩には喘息をおさえる働きや、精神をリラックスさせる働きがあると聞きました。
彼の喉の痛みが少し治まったのはここに来たお陰だったりして。

私は塩と言われたら食卓の塩くらいしか思いつきませんでしたが
金のような鉱物としての塩を見て、塩のイメージ変わっちゃいましたよ。

歩いてきたツアーは2時間ほどありました。

最後のオプションに、任意で美術館も見れるというので参加してみることにしました。
そこへ行くにも厳重に鍵がかかった沢山のドアを通るためガイドさんが必要です。
やはり英語ガイドだと待ちそうだったので、またもポーランド語ガイドを選択。

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しかし、この時はまさかのプライベートツアー。私とオンドラとガイドさんだけでした。
いちいちオンドラが私に通訳するものだから
「英語のツアーを待てばよかったのに」とポーランド人ガイドさんは少し不服そうでした。
でもガイドさんは私達二人の事を聞いてくれたりと、いい人でした。
オンドラはポーランド語を聞き取れても、しゃべるのは全く無理らしく
冷や汗たらしながら何とか頑張って会話していました。
最後オンドラも全然分からないことを言われ、分からないままガイドさんに着いていきました。
私達はどこへ連れていかれるのかと思いましたが、ちゃんと岩塩坑の出入り口に戻ってこれました。
来た道を戻るのは遠くて大変だから、スタッフ用の出口から出ちゃおう!と言ってたのだと思います。

またバスに乗って、クラコフに戻ってきました。
お腹が空いたのでレストランを探します。
ポーランドの物価は安いとはいえ、旧市街だと昨日食べた店の倍します。
町の中心を離れて住宅地を歩いてみました。そして偶然見つけたミルクバールの料理が驚きの価格でした。
スープ2PLN(50円)、メインメニューも5PLN(130円)程度。
大丈夫か?と思いましたが面白いので入りました。
中は地元の人っぽい人たちがささっと夕飯をとっていました。
給食のおばちゃんみたいな3人が料理をしています。

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スープのメニューが読めなかったので適当に注文したスープ。
両方共、一口目にびっくりする独特な味のスープでした。両方ともゆで卵が入っていました。
どうやら赤い方はバルシチと呼ばれる赤かぶのスープ。
酸味が強くオンドラは苦手でした、私はだんだんと癖になってきました。
クリーム色の方はいまだ何だったのかわかりません。
日本のクリームシチューから甘みをとって塩を足したような・・
キャベツの味が一瞬した気もしますが、もっと色々入った複雑な味でした。
オンドラと私には味が濃すぎました。

メインはピロギしか残ってないという事で、結局またピロギを注文。

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苺味にしました。5PLN(130円)
苺のピロギは練乳みたいのもかかってて、スウィーツとしてけっこう美味しかったです。
料理はかなり早くでてきたので冷凍ものを使ってると思いますが
こういった庶民的なお店を見るのも楽しいのでよかったです。

まだ18時半でしたが、もう閉店時だったようです。
レジを閉めていました。

帰りにスーパーに寄りました。

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彼にはかわいすぎるカゴ。

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ポーランドのスーパーは量り売りのお菓子が充実しています。
キノコのフライのようなものは、クッキーでした。
チェコのUchoという耳型クッキーと触感、味が少し似ていました。
それにしても、スーパーの量り売りにいるスタッフってポーランドでもチェコでも
感じが悪いのは何なんでしょうか。


翌日、クラクフ最後の日ですが晴れました。
やっと冷たい思いしないで歩けます(傘買えよ・・)

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出発の14時までクラクフの旧市街を歩きました。
旧市街は中央広場以外あまり見てなかったので。

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街を歩いていて、カトリックの国なのだなと感じます。
教会もいっぱいあるし、通りやバスで修道女を多くみました。

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この通りで何かの行進がありました。
オンドラが旗を見て、フォレストキーパーの記念日の行進だと言っていました。

クラクフを歩いていると、プラハに似ていると感じますが
クラクフの建物の方がシンプルだと思いました。
プラハの建物は石像が付いたものが多く、装飾ももっと派手かな?

でもやはりポーランドはチェコに文化と雰囲気がすごく近い、
チェコ国内旅行をしている時のような落ち着いた気分でした。

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これは、町中どこにでも立っているパンのスタンド。
パンのスタンドといっても、売っているのはどこもオブヴァジャネクという名前のパン一種類です。
ベーグルのような、プレッツェルのような感じ。
私にはちょっとしょっぱすぎて硬すぎましたが、ポーランド人は好きなんでしょうね。
食べ歩きしている人が多かったです。

バスが来る時間までショッピングセンターで時間つぶし。
軽食とったり、ペットショップみたりしました。

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ポーランドのマクドナルドもタッチパネル注文、を取り入れているのですね。
ヨーロッパはけっこうあるみたいですが、日本もこれありますかね?
チェコはまだありません。(修正:プラハにあるマクドナルドで見つけました。)
ポーランドはバスにGoogle mapとGPSを映したスクリーンがあって
走ってる場所がわかるようになっていたり
チェコよりもテクニカルなものを取り入れてる国という印象を持ちました。

STUDENT AGENCYバスがやってきました。

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帰りのバスと電車も、ネットしたり彼と話したりしながら楽しく帰れました。
ただコーヒー飲みすぎちゃって、その日全然眠れなくなったけど。(翌朝の出勤辛かった・・)

またSTUDENT AGENCYの電車に乗ってどっか行きたいな。
行先はどこでもいい。
そういえば、今年12月からSTUDENT AGENCYの電車はBrno行きもできるらしい。
これ、うれしい情報でした。

posted by A子 at 12:07| Comment(2) | TrackBack(0) | ヨーロッパ旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
岩塩抗のブログ面白かった。すべてが塩って事忘れてしまそうな場所。昔、岩塩を採掘していた労働者の仕事はきつかったと思います。労働者によって作られた礼拝堂は素晴らしい。日本には石炭を採掘していた鉱山がいっぱいあったけれど、坑道の中に芸術的なものが残っているのを聞いたことがない。ヨーロッパの文化は凄いですね。
日本も古いものを大切に残し、新しいものを取り入れていく国でありたいです。
マックのタッチパネル方式を見たことがありません。
Posted by ママ at 2016年11月03日 23:41
ママへ

世界遺産に登録されてるだけあるよね、礼拝堂は本当にすごかった。
そうだね、採掘の仕事はすごく危険で過酷だったみたい。
あと、一生を地下で過ごした馬とかもいたみたい。馬も労働力の一つだったようで。
海水30%の池のところにも守り神の像がたっていたよ。
池が深いと思っていた労働者がこわがって、像を作ったらしい。
それにしても、どの造形物も技術がすごく高くて、こんなの作れる芸術家がたまたま坑夫の中にいたのかなぁとか気になったよ。
Posted by odaQgirl A子 at 2016年11月04日 18:49
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