2011年09月25日

パントマイム「マイムトウ」を始めた時のこと

パントマイムを始めて5年がたちました。
こんなにも、パントマイムを続けて、舞台に何度も立つとは
始めたころは思ってもみませんでした。
そもそもパントマイムをはじめたきっかけはアニメーション。
しかも積極的に自分からやりたくて ではありませんでした。

6年前、アニメーションのプロデューサーで作家活動もしている方とご縁があり
どんなアニメーション作品を目指していくべきかとか、動画のノウハウ、課題を出してくれたりと、
面倒をみてもらうことができました。
その方は私の美術学生時代(アニメーションを作り出すより前)の作品スタイルを気に入ってくれて

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分かりにくいですが、こんな感じの

自ら動くことの好きな私は、躍動感のあるアニメーションを目指したらいい。
アニメーションに大事な動きの勉強をしてアニメートをするといいと言われました。
そこで、「動きの勉強」として出てきたのが「パントマイム」でした。

それを言われた時は、
何?パントマイムって?と分けわからん状態でしたが、
やってみないと分からんと思って
とりあえず大道芸に詳しい友達に連絡をしてみました。
そしたら山本光洋さんのクラスか、マイムトウがいいのでは?と勧められました。
山本光洋さんのクラスの情報は調べてもよく分からなくて断念。
マイムトウを調べてみたら、学生サークルであったのだけど
創設者であり指導者のハッピィ吉沢さんが何かすごい人に感じて、行ってみることにしました。
大学のサークルなので自分(当時23歳)より年下の学生達ばかりなんだろうなぁと思いました。

そしてタイミングが良いのか悪いのか、初めてマイムトウに顔を出したのは長野の合宿でした。
しかも遅れて参加したので、練習後の飲み会の席でした。
行ってみたらマイムトウ員は入りやすい空気の人たちで、すぐに打ち解けました。
年下だろうと思ってタメ口を使っていた人たちは、後で何人か年上ということが分かり
今思うと世間知らずな行動だったと思います。
マイムトウは学生だけではなく、社会人も多く受け入れているサークルでした。

次の日、毎年合宿の恒例という作品発表がありました。
一人一作品を用意してきて、全員が見てる前で発表していきます。
私はこの発表会でパントマイムは壁やロープだけじゃないんだと知りました。
ストーリーがあったり、派手な音やナレーションを多く使ったり、はたまたしゃべってしまってたり
何だこれはという幅の広い作品群でした。
でも正直、何をやってるのか分からない作品や、内輪の面白さではないか?と思ってしまう
作品も多くて 私はここで何を学ぶのかしら・・・?と疑問も生まれました。
そう思いながらも、何故か私も作品を発表することになり
分けの分からないマイム作品をほぼ即興でやったのでした。
難しい、、、全然イメージ通りに動けないと思いました。
マイムトウの人たち、すげっと思いました。

そうして、よく分からないマイムトウライフが始まりました。
マイムトウの稽古は、私は好きでした。
しっかりマイムのテクニックの練習があったのと、
その日の最後に、習ったテクニックを使って作る「ネタ見せ」があったからです。
テーマがある中で自分で作品を作ったり、自分が思いつかなかった他人の作品を見るのが面白くて
マイムトウに行くのは楽しみになりました。

その後、マイムトウの一大イベント「マイムトウライブ」の稽古もはじまりました。
ここで思ったのは、とにかく馬鹿でしたねマイムトウ。馬鹿な事を本気でやるという人たちでした。
小学生に戻ったみたいな気分でした。
1年生だったので、作品を生む苦しみとかも味わわずに済んだので気楽でした。
自分のキャラなんてよくわからなかったのですが、ここでだいぶ自分を出すということも要求されました。
周りに指摘されることで、自分のことが見えてきたり。これも面白い体験でした。
ますます、はまりました。マイムに、というよりマイムトウに。

あれ、アニメーションの話しからは だいぶ反れました。そう、実際反れたんですよね。。
目的の「アニメーションの動きについて」はどうなったのでしょう
長くなったので次回に書くとします。
posted by A子 at 04:01| 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | パントマイムと大道芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする