2018年02月18日

母とチェコ食


バレンタインの日に、1か月滞在した母親が日本に帰っていきました。
家族3人で空港までお見送りしました。

母は、「お仕事から離れて、チェコでゆっくりできた〜」と言ってくれました。
でも私から見たらすごい働きもので、テキパキと家事をしてくれてました。
私は骨盤の痛みがあって思うように動けなかったのもあり、
母のサポートはとても有り難かったです。

そして、なにより母の冒険心いっぱいなところを見てはっとしてました。

知らない人にもどんどん近寄ってくし、気づいたらチェコ人と話してるし、
こういう人が異国移住に向いてるんだろうなと。

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母曰く、近所にお友達もできたらしいです(笑)

そして食については、私は食わず嫌いだったなぁと反省。
何でも食べてみたい母のおかげで、私の食の幅も広がったように思います。

毎週土曜日だけ開かれるマーケットを楽しみにしてました。

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日本に売ってないような種類のキノコがあって、母は興味津々。
ステーキと書いてあったキノコ(べドラみたいなの)を購入、バター醤油炒めにして食べました。
これが最高に美味しくて次の週にも迷わず買いました。
このお店にはSCHITAKE(シイタケ)もあった。
チェコでは乾燥シイタケしか売ってるの見た事なかったのでうれしい。

マーケットで一番人気のグリル屋さん

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ママの食いしん坊が炸裂して、ここのお肉は全部試しました。
豚の膝やリブも美味しかったですが、骨付き鶏もも肉が一番たべやすかった。

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これはリブ。こんなの日本で500円じゃ買えないよ〜とママ。

農家直産のリンゴが来ており、ここのも全種類試す。

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これが一番おいしそうかな〜?

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品種名を左から書くと、
GRAMY SMITHGOLDEN DELICIOUSRED DELICIOUSBRAEBURN
+ここには写ってないが、IDARED

5種類試してみると、触感や甘味、酸味は全然ちがかった。もうリンゴとは一言で言えないわ。
例えばさくっとして甘味が強かったのはRED DELICIOUS、しっとりして酸味があったのがGRAMY SMITH
どれも美味しいのでその時の気分で食べ比べたらいいのだな〜。

母はよく一人で出かけていきました。
どこへかというと、スーパーマーケット。
徒歩圏内に4店舗(Penny,BILLA,Albert,TESCO)あるのです。
お陰でこちらでの趣味がスーパーマーケット巡りとなってしまったよう。

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毎度「チェコの外の空気はおいし〜!」と気持ちよさそうに帰ってきました。

「カウンターの人に、謝謝なんて言われちゃった〜。中国人て思われたみたい。あはは〜。」

いつの間にか、カウンターの量り売りの買い物もできるようになっていた母。
ちなみに母はチェコ語はもちろん、英語もほとんどできません。
言語関係ないんだなぁと思う。

揚げたマスは気に入ってよく食卓に上がりました。

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南蛮漬けみたいな味付けで私もこれ好きになりました。
ちまたで人気のサバの燻製もこの機会に母と試したけど、マスフライの方が美味しかった。


スーパーの菓子パンが美味しいなんて知らなかった。

母は謎の見た目のものも、中身が何かも分からないパンも
どんどん試してました。パン屋でも、スーパーでも。

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この日は三種類、どれも美味しい、甘さ控えめで食べやすい。
母は一番右のチョコのパンを気に入り以降よく買ってた。
チェコの菓子パンは完全に食わず嫌いだった。
オンドラが分けてくれるパンがことごとく自分の好みではないだけだった。

母曰く、チェコのパンは素朴で小麦の味がして美味しい!のだと。
米よりパンが好きなんだー、と母は滞在中お米は1度しか食べず色々なパン食べてた。

チェコの野菜も果物も安い上に、日本のものより味がしっかりしていて美味しい!
ハムもソーセージも好きだし
わたしチェコに住めそうだーと言ってた。
そう思う、私よりずっと楽しんでチェコ生活ができそうだ。

オンドラが、オリオンの新商品が気になるんだよね〜と言ったので

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噂の新商品を買って食べてみた。
ドライフルーツは今まで通りで普通だが、今回のはケシの実が入っている!

なんと、ホワイトチョコとケシの実がとても合う。

オリオンの商品が美味しいとわかって他の種類も買ってきた母。

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でも結局ケシの実ホワイトチョコが一番おいしくて
それを大量に日本へのお土産として買っていました。

母のスーツケースの中

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お店でもするんですか?
洋服類はほとんど持ってこなかったようで。
茶色いパッケージはルイボスキャラメルティー。下の段にもぎっしり入ってます。
この紅茶は普通だと思うのだが、母は一日に7杯くらい飲んでたはまりぷり。
オリオンの板チョコとチョコバーもいっぱい。友人、知人へお土産に配るんだって。
紅茶はチェコのじゃないよと言ったけど、おいしいからいいの〜らしい。
それにAKCE(値引き)のうちにいっぱい買ったらしい。

チェコのレストランへも。

せっかくなので生牛肉のタルタルを地元レストランで食べた。

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日本では生牛肉食べれないから、特別感あります。
私も妊婦中食べれなかったので、やっと食べれてうれしい。
もう一品頼んだランチ、母は添えてある芋がおいしかったようだ。

ある日、プラハのショッピングモールまで行き
Globesのレストランでスヴィチコヴァーを食べた。
スヴィチコヴァーはチェコの代表的料理。
だが母はそれより芋がうまいうまいと相変わらず芋の事ばかり褒めていた。

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Globesのレストラン初めて行ったけど、コスパ高くて気に入りました。
特に1ボール25Kč(約125円)で色々なサラダを取って食べれるのがよかった。
広々しててベビーカー連れでも快適に食事できそう、また利用したい。

帰国の2日前はニナの予防接種(BCG)をしにお隣町のBrandýs nad Labemに母と行った。
バスの入口が狭い階段になっていたので二人でベビーカー持ち上げたり、
病院の待合室は風邪ひいた大人がいたので
呼ばれる直前まで母がニナと外を散歩していてくれたので助かった。
これ一人だったと思うと。。

予防接種が終わり、帰りのバスまで1時間近くあったので
ブランデス・ナド・ラベム城をぐるっと回ってみた。

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15世紀に建てられたシャトー。
ハプスブルク家のお気に入りの狩猟場だったよう。

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絵だと思ったら、彫刻なんだねーと驚いてた母。
ここ2年くらい前にオンドラと二人で来た事あるけど、母のほうが物をじっくり観察する。
もっと色々なところに連れてってあげたいと思った。

でも母には何でもない住宅街を歩くのも面白いらしく、家の屋根の素材や形がそれぞれ違かったり
個人の庭がやたら美しく整備されててるのに興味をもっていた。
あと見上げた時に電線がないのがすっきりしていて、チェコが美しい理由だねーと。
チェコの車は昼間でもライトを点けて走るのも、私は気づかなかったことでした。

もうすぐ帰る夜、ニナの相手をしていた母。
なんか静かになったなぁと思って部屋をのぞいたら

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温かい気持ちになる姿がありました。

1か月、ありがとう。

posted by A子 at 11:51| Comment(6) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

市長さんが来た!


今週、住んでいる町の市長さんが家にやって来ました。

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なぜでしょう?

母のタイプである市長さんを強引に家に招いた
というわけではありません(笑)

我が子が2018年に誕生した最初の赤ちゃん(市民)とのことで、
市長さんから直々にお祝いがあったのでした。

実は最初、1日早い1月4日生まれの赤ちゃんがお祝いされているのを地元のHPで知って
「うちの娘は1月3日生まれでもっと早いですよ〜」とオンドラが市長さんに連絡をとってくれたのだ。
そしたら市役所の人がしっかり調べてくれて認証されました。
出生届の提出が遅かった為に市に情報がいくのが遅れたぽいです。

ちなみに、これはチェコの慣習のようで
他の町でもファーストベイビーのお祝いはあると思います。
チェコで一番最初の赤ちゃんの場合は大統領からお祝いがあるとか。
10万円くらいもらえるらしい。(ほんとかどうかは不明)

私達は花束とベビーグッズのプレゼントを頂きました。

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3月の地元新聞には、市長さんと撮った家族写真が載るらしい。

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せっかくなので2018年生まれを強調してみた。
卓球友達から頂いた洋服です。

昨日は生後6週間検診がありました。

体重4480g、身長55cm。

1月に着ていた洋服が小さくなってきたなぁと思ったら
身長が7cmも伸びていたのですね〜。

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相変わらず、授乳途中に寝落ちする娘です。

posted by A子 at 20:01| Comment(2) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

たくさんの人と会った


ばあばにメリー買ってもらった☆

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物や人を目で追えるようになってきたニナ。こういうのもジ〜と見ていられるように。
このメリー、機能が充実していて大変よい。
選べる音の種類が幅広くて、上のドームからは光が出て、天井にふわーっと星が浮かび上がる。
星空はまだニナには見えないので、大人の私達の方が楽しんでるかも。

乳にしか興味ない感じだった新生児から、少しづつ成長が見られる最近。
ニコっと笑顔を見せてくれたり、「アウ〜」とおしゃべりしてくれる時がある。
私にかまって〜!という感情も出てきたようで、寝てばっかりということもなくなった。

昨日はオンドラの務めるホテルのブレックファーストに行った。
10時半頃だから昼ごはんかな。

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素晴らしいセレクション。
チーズの種類が多かったり、はちみつの種類も5種類くらいあったり、
4年前食べに来た時よりずいぶんよくなってた。

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スモークサーモンばっかり食べてた食いしん坊ママ。置いてあった8割は食べちゃったらしい。
私はニナに授乳してから参加したので30分くらいでササッと食事。
でもそのくらいの方が食べすぎなくてよかったかも。
産後全く気にしないで好きなように食事してたら、血糖値がかなり上がっていた。
妊娠糖尿病治ってないの?とちょっとビクビクしてしまう。

食事中、ニナは仕事中のオンドラとオフィスで待機。
その間いっぱい従業員が見に来て、抱っこしてくれたりしたらしい
ニナは終始ご機嫌にしてたよう。

その後、私が勤めてたホテルレストランも目と鼻の先なので、寄ることに。
行くとお馴染みのメンバーばかり。

ニナを見てみんな大喜び。「A子、よくやった!」と言ってくれた。

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なんか食べてく〜?と言われたけど、お腹いっぱいなのでフレッシュジュースだけもらった。
ベーカリーのダーシャがお土産にと出来立てクロワッサンをくれた。

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クロワッサンがでかく見える。

レセプションや事務の人たちにも紹介して、
ニナはこの日だけで10人以上の人に囲まれてました。
びっくりしたかな。

ホテルを出て旧市街広場まで歩いた。

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旧市街は石畳だらけなので、やっぱり大きなベビーカーよい。
ニナの初プラハ散歩でした。

その後地元に戻り、Masopust(謝肉祭)、カーニバルを見に行った。

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ちょうど始まったところ。愉快なマーチングバンドの音楽と共に、町を練り歩きます。
チェコカーニバルの華やかで手作り感満載な衣装が大好き。
チェコ人のセンスの良さが出てる、ハロウィンなんかよりずっといい。
来年は私も衣装作って参加したい。って2年前にも書いたような。

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林を抜けて、中央広場へ。

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市長さんに挨拶。

母が市長さん見て、
「市長さんかっこいいね〜、ああいう人けっこうタイプだよ。」と嬉しそうだった。

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ダンスが始まった、市長さんも混ざって、とっても楽しそう。
こういうの見ると、いい町に来たなって思う。

この後、川沿いをずっと歩いていくようだったので
私達はここでおさらばしました。

posted by A子 at 21:24| Comment(0) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月05日

チェコ産院での入院生活

産院での入院生活のこともちょっとだけ書いておきます。

チェコでは、産後の入院期間は、通常分娩の場合中3日、帝王切開は中5日というのが基本らしい。
なので、私は1月3日夜に出産し、4日〜6日の丸3日間を産院で過ごし、7日の正午に帰りました。

私は3人部屋でした。(追加料金で2人部屋や個室なども選べたよう)

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ラッキーなことに一番奥の窓際だった。
外がちょっと見えて、明かりが入って来るのできもちよかった。

窓からの風景

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これ見て分かる人は分かるかと、病院はプラハ2区のApolinářでした。


出産後2日間は疲れ切ってフラフラ。
看護婦さんがビタミン入りの飲み物をくれました。
面倒見がいい看護婦さんが、「水ちゃんと飲んでる〜?」とたまにやって来ては
一日3リットルは飲まんとだめよ〜!と言っていきました。

出産して翌日の午後から赤ちゃんがベッドの隣にきた。そして、つききりのお世話が始まりました。

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いつも横から眺めてた。いくら見てても飽きない。
まぁよく寝るよな新生児。もっと構いたいぜ〜って思ってた。

授乳は赤ちゃんも私もまだ下手くそで、乳首が痛くなって大変だった。
そんなんで授乳時間は苦痛でした。

乳首の痛いことを相談したら、赤ちゃん専門の看護婦さんが個人的に指導をしてくれた。
抱き方、くわえさせ方を変えたら改善してきました。

同室の人たちも初産の人ばかりだったので、育児に奮闘。
皆それぞれ頑張ってて、まるで合宿だぁって思った。

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3人部屋なので夜中もまぁうるさく、入院中はあまり寝れなかった。
昼間は看護婦さんが色々な検査をしにちょくちょくやってくるので、昼寝する時間も意外になかった。

授乳量を看護婦にしっかり管理されてて、
赤ちゃんがぐっすり寝ちゃってても3時間置きに起こして授乳するように!と言われてました。
赤ちゃんと一緒に寝過ごして飲ませてないと注意を受けました。
最初の頃は出る母乳量が少なかったので、両乳で20分間授乳しても赤ちゃんが泣く場合は
粉ミルクを追加してくれました。

粉ミルクを飲んだ後20分間は、こうやって赤ちゃんを包んでベッドの角に立てておくようにと言われました。

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まるで、お地蔵さんでした。

看護婦さんは、母親の様子を見る看護婦さんと、赤ちゃんの様子を見る看護婦さんと2種類いました。
赤ちゃん専用の看護婦さんがなかなか母に厳しかった、特に授乳については。
赤ちゃんの命に関ることなのでそのくらいがちょうどいいのでしょう。
チェコ語がままならない私にもちゃんと構ってくれたことは有り難いです。

そして母親専用の看護婦さん達はソフトで優しく、まさに白衣の天使だった。
問題はない?と頻繁に来てくれて、何かあればこの看護婦達に相談していた。
体に痛いところがあるとすぐに痛み止めもくれて、
私は会陰切開のキズが痛かったので、座薬をもらってました。
このキズ、一週間はかなり痛くて、座るのも歩くのもままならなかったな。
痛みがなくなるまでに3週間くらいかかった。
ちなみに悪露は1か月続いたけど、後陣痛(子宮収縮)は授乳中に少ししか感じませんでした。

最後に、気になっていたチェコの病院食をずらっと紹介。
質素、まずい、栄養がない、で有名な病院食です。

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4日朝、入院して初めての食事がこちら。
たしかに少なめだが、チェコ人の朝ごはんってこんなもんかも。

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昼、温かいものが出る。しっかり目だ。おかゆのようなスープがなかなかよかった。
ちなみに、これは普通の人の食事。夜からはちゃんと妊娠糖尿病用の食事が出ると言われた。

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夜、間違えて他の人の普通食を食べそうになる。
妊娠糖尿病用はこちらだった↓

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肉の代わりに玉子、ヨーグルトがパン、桃缶がニンジンになっている。

5日朝、余裕なく写真撮らず。

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昼、うれしいほうれん草。
普通食の人のをのぞいたら、ヨーグルトドリンクが甘い果物味で、パンの種類が違かった。

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夜、茹ですぎパスタがまずい。

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6日朝、糖尿病患者の私にはトマトがプラスで付いてた。糖尿病なくたって野菜は必要だと思います!!

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昼、まずいパスタ再び。

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7日昼、最後の食事。今までで一番よかった。チキンとかイモとか普通においしかった。
食べてから帰りたかったのでオンドラの迎えを遅くしておいて正解。

病院食の悪い噂を聞いて覚悟してたからか、案外満足できて
むしろ3食出てくるのありがたいなと思ってた。今家にいたらむしろこれ以下の食事になるだろうと。
非常食にと持ってきていた缶詰類の出番もなかった。

食事内容よりも大変だったことは食べる時間が限られていたこと!
食事の合図がなってから30分以内で食べなくてはならず、
「いや今授乳のタイミングなんですけど〜」
なんてことは通用しなかった。朝寝てたら、寝てないで早く食べて!と怒られたことも。

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皆この通路にあるテーブルで一斉に食べる。
ニナは正月生まれなんですけどねぇ、この通路のツリーが正月感0にしてくれてます。
会陰切開のキズが痛てぇ痛てぇ、、って半ケツで食べとりました。
スタッフがすごい勢いで片づけてく中、私は食事で焦るのは大嫌い、ゆっくり頂く。
小学校の給食を思い出しました、掃除の時間になってしまっても一人で食べてたなぁと。

総合的には入院生活けっこう快適でした。
研修生みたいで面白かったです。
posted by A子 at 17:11| Comment(2) | 妊娠と出産の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

1月のお出かけ

ニナが生まれて1か月経ちました。
新生児といわれる期間はもう終わりなのですね。
もう永遠に新生児育ててたいって思っちゃうくらいかわいい。

新生児って思ってたよりずっとたくましく、
他の動物の赤ちゃんのように、生きる力でいっぱい。
お陰で心配になることもなく、逆にポジティブな気分をもらってばかりです。

産後3週間検診では、700g増えてました。
小児科医にちょうどよく増えているね!と言われました。
1か月経った今は+1Kgになり、現在4000gくらい。
生まれた時よりムチっとして、抱えるとどしっと増えた体重を感じます。

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結局たるいで沐浴してます。
チェコの風呂には洗い場がないし、うちの浴槽は狭めなのでこれがちょうどよかった。
洗濯物の漬け置き洗いもできて一石二鳥。
そうそう、入院中の沐浴指導で赤ちゃんのお風呂は3日に1回でいいと看護婦さんに言われました。
しかもソープなど何も使わず1分以内でささっと終了。
退院して最初の1週間は習った通りしていたんだけれど
赤ちゃんてけっこう汗かいてんなぁーと気づき、脱皮を始め(新生児脱皮するのね!)、乳児湿疹も出始めたので、日本のように毎日入れるようにしました。
その後乳児湿疹もそれ以上酷くなることなく落ち着いてます。

1月、けっこう出かけることができました。

誕生して1週間後の訪問検診で、
「1日20分は赤ちゃんを外に連れていってあげて」
と小児科医に言われました。
赤ちゃんの体を強くするため、−5℃以上ならどんどん外に連れ出すのがいい、
というのがチェコの考え方みたいです。
日本なら1か月間は外に出さない方がいいと言われてるみたい。

私はまだ休みたかったので2週目はオンドラが外に連れ出してくれてました。
3週目からは私も買い物など、ニナを連れて外へ出始めました。
ニナ、散歩中はすやすや寝ていて気持ちよさそう。
帰ってきたらリフレッシュした顔してます。

3週間検診の後に寄ったケーキ屋

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妊娠糖尿病が治ったぽいので、砂糖解禁しました。
久々のケーキが美味しすぎ!この店のヨーグルトケーキ、さっぱりしてて気に入った。

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ニナ、大人しくしてました。


ラべ川沿いを、4人でお散歩した日

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町の土曜日マーケットには母と毎週行ってます。

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色々買ってます。母の食いしん坊ぶりが炸裂、
これについてはまた今度書きますが、チェコの食べ物をすごく楽しんでいる母です。

マーケットに行った日、
アジア文化のイベントも近くでやっていたので寄ってみました、

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ここ子育て支援センターみたいな場所で、いつでも自由に遊びに来ていいらしい。
小さい子供に向けたイベントを多くやっているようで、今後も遊びに来れたらと思う。

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モンゴルの家を思わせるテントの中に入ってみると

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子供たちが砂絵を楽しんでいました。

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大人もまったりコーヒーや紅茶を飲みながら、地域の人との交流を楽しんだり、
アジア食文化のレクチャーを受けたりしてました。

この後、町で開かれてた卓球大会の様子を見に行ってみました。
オンドラが出場していたので。

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ファイナルマッチ、強敵相手に頑張るオンドラ。
めちゃめちゃ盛り上がってました。

この強敵には負けてしまったけど、20人中2位を獲得!

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賞品の中に、地元パブ自家製の酒(アルコール度数85度)が!

この日はまだ用事があり、
夜は母とプラハへ出かけました。

オンドラが、私の母がせっかくチェコまで来たのだからと
ディナー付きコンサートを予約してくれて、ニナも見ておくというので二人で行ってきました。

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驚いたことに、個室になってるバルコニー席に通された。
普段着で来てしまって浮いていた私達、、正装してきてる人ばかりだった。

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モーツァルトの演目とオペラは素晴らしかった。
その合間に、3コースディナーを堪能、
18世紀のオリジナルレシピで作られたという料理は、味付けが上品ですごく美味しかった。

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この写真、母らしくていい。

母は、こんな世界もあるんだねぇ〜
生きてるうち(動けるうち)に色々した方がいいねぇ
と大喜びでした。

23時頃帰ると、疲れ切った顔をしていたオンドラ。
その腕の中でニナは眠そうな顔。やっと寝てくれそう〜と彼。
ありがとう、おつかれさま。
寝てばかりのニナでも、夜になると目がぱっちりして寝かせつけに少々苦労する。
夜の胎動が活発だったのと同じだ。

posted by A子 at 10:53| Comment(0) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

ニナの出生届


15日、
お母さんがはるばる日本からやってきました。

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がっつり、風邪をひいて。。

初めての一人飛行な上、熱出して、さぞ大変だっただろう。
私ら家族に風邪をうつしてはいけないと、3日間は部屋にこもりっぱなしでした。

よーく寝れたようで、風邪がだんだんと治ってきた母。

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やっとニナを抱くこともできました。
母の抱き方がいいのかな、落ち着いてまたスゥーっと寝に入ったニナ。


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オンドラも育児にどんどん参加して、いいお父さんぶりを発揮しています。
娘がすごくかわいいみたい。
ニナはやたら寝てくれるので、今のところマイペースに楽しめています。
母は、私の助けも必要なかったねぇ〜と言ってるくらい。

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コロンと子豚のように丸くなって寝ている姿は、母曰く私の赤ちゃんの時にそっくりだとか。

お母さんが元気になり、作ってくれる手料理が幸せすぎる、美味しいし栄養満点。
久々の母との時間、不思議と久々っていう感じがしない。
母の出産はどんなだったとか、そういう話ができるのも面白い。

母は日本から食料品、育児グッズなど大量のお土産を持って来てくれた。
まるで日本物産展みやいになった部屋。急に裕福になってしまいドキドキ。
一緒に用意してくれたお姉ちゃんも、ありがとう。

そして母が用意してくれて何より必要だった物は、私の戸籍謄本。
私が急に頼んだものだから母は仕事の半休を取り、
アポティーユ認証をもらう為に東京の外務省に2日続けて行ってくれた。
直前に無理をさせてしまって風邪をひいちゃったのかなと思う。

実はニナの出生届を出すに辺り、以前Úvalyの町役場で用意した書類が完全に不十分だったのだ。
あの時はÚvalyで作っておいた書類を産院に提出するだけでいいと言われていたのだが。

出生後にプラハの役所から急に電話が入り、
「こんなんで受理できるはずがない!必ず17日までに全必要書類を用意して持ってくるように。」
と言われたのだ。
「Úvalyの役所はこんなんで受理してありえない!」と担当者は怒りモードだったとか。
私達が結婚していないカップルなので、めんどくさいことになっている。。
これは焦った。ニナのチェコ国籍がかかっている。チェコの法律で何者にもなれない子になってしまう。
出生届ができるまでは、もちろんニナの健康保険ももらえないのだ。

母が来た翌朝、ニナをオンドラに託し、
私は戸籍謄本を持って日本大使館、郵便局、チェコ外務省へと急いだ。

チェコ外務省はプラハ城の近くだった。

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プラハ城、近くで見たの4年ぶりくらいかも。
荷物検査ゲートができてから初めて来た。
観光客と共にいちいち並ぶ、外務省はこの先なのだ。

外務省到着
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大使館で作ってもらった出生証明書と婚姻要件具備証明書(独身証明証)にアポティーユを付けてもらう。
書類1枚につき600コルンの印紙が必要だった。
高い、、お金足りなくて書類一つしか作れなかった。。

一応骨盤ベルトしてきたけれど、急に歩きすぎて体の節々が痛くなってた。まだここまで動くのは早すぎた。
ちょっと驚いたのが、6時間母乳を出してないだけで胸がパンパンに張っていた。
帰ってからニナに飲んでもらったらスッキリした。

翌日オンドラが外務省、役所、保険会社と回ってくれて、
無事ニナの出生証と健康保険証が手に入った。
全部完了して、ホッとした日だった。

日本への出生届は生後3ヶ月以内、こちらは余裕があってよかったが
念のためちょっと早めに動いておこう。


posted by A子 at 19:19| Comment(0) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

陣痛〜出産までA


婦人科、緊急外来到着。

その時見てくれたのは若くて気さくな男の先生。

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「コンニチワ」とか言ってくれてるのにちょうど陣痛が来たせいで
思いっきり流してしまった私。

ノンストレステストと内診を受けた。
子宮口は4cm開いていた。

そして、すぐさま先生から驚きの提案があった。

「予定変更して、自然分娩してみる?」

まさかの展開である。
「私は体が小さいから、リスクがあると他のドクターには言われたのですが?」
と聞き返すと、
「うん、同僚はそう言ったと思うけど。。でも、きみ足腰はしっかりしてるよね♪」と。
この先生、ちょっとの時間でそういうとこもちゃんと見てくれてる。私は、その事に感動した。

「赤ちゃんはもう生まれる準備が整っていて、ちゃんといい位置にいて、これで帝王切開してしまうのは残念だ。母子共に自然分娩できるなら、その方がいいんだよ。」と先生は言った。
そして、定規のようなものでささっと私の骨盤の広さを測ってくれた。
「うん、産める!」と先生。

「自然分娩でお願いします」、私は応えた。

予定が変更されたことを、外で待っているオンドラに伝えられた。今日生まれるよ、とも言われたらしい。
彼は立ち合い用のメッシュの服を来て入ってきた。私は陣痛で苦しみながらも、興奮していた。
私は分娩用の衣服に着替え、着々と出産に向けての準備が始まった。
そして医者や看護婦にされるがまま
チューブを使って便や尿を出したり、帝王切開になる可能性があるので下の毛を剃られたりした。
その後シャワーを浴びて待ってるように言われ30分くらい浴びてた。
暖かいお湯を浴びてる間は陣痛が少し和らいだ。

その後、LDR(陣痛→分娩→回復までを全て行える部屋)に移動。
個室にはどどーんと大きなベッド、そこに横になって、ただひたすら陣痛と戦いながら子宮口が全開になるのを待つのだ。

壁だけで隔たれた別の部屋からは妊婦さんの叫び声が聞こえてきたりした。
私がいる間に、3人の赤ちゃんの産声が聞こえてきた。
最初の赤ちゃんが生まれたのを聞いたときは、なぜか感動して涙がこみあげてきた。

女医さんが頻繁に様子を見に来てくれて、子宮口の開き具合をチェックしてくれた。
この女医さんがすごくいい人で、呼吸の仕方を一緒にしてくれたり、励ましてくれたりもした。

この時研修生が2人ほどいて、子宮口のチェックは常に2回、3回づつされた。

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子宮口7〜8cmの時だったか、医者の手によって破水をさせられた。
生温かい羊水は出産中ずっとちょろちょろと流れ出ていた。
破水されて痛みが強くなった。
お尻の圧迫感、子宮が膨れ上がるような痛さ。実際は子宮が膨れるのではなく収縮しているのだけれど。
陣痛は腰とか全身が痛くなると聞いていたけど、私はピンポイントで下腹部とあばらの痛みの2つだった。
「いたーーーっ、、、」と言いながら呼吸、練習しておいた細く長い呼吸などできない。
とにかく女医さんに教わった通りに、強く鼻で吸う。
落ち着いた長い呼吸よりも、粗目に息を吸って吐く方がラクに感じた。

横で見守ってくれてる彼が、私が蓄えておいた知識とは逆のアドバイスをしたりするのでイライラした。
撫でてくれたりするのもたまに不快に感じて、「やめて!」と言っていた。
喉がからから、でもまだ帝王切開になる可能性が残っていたため、水を飲むのさえ禁止されていた。
彼に潤す程度の少量の水を口につけてもらった。

そんな時、お医者さんに「硬膜外麻酔する?痛みが和らぐよ」と言われた。
日本では一般的ではないが、海外ではとても気軽に受けられる硬膜外麻酔。
「はい、おねがいします」と即答した。

少しして麻酔専門の先生がやってきた。
この人も若い。
このLDRに関わる医者みんなやたら若い、そして優しい。全員英語も通じた。

「動かないように頑張ってみて」と言われた、そしてできる限り丸くなった。

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背中にさされた注射はほとんど痛みを感じなかった気がする。
陣痛が一番痛いので、その他に起こることは屁でもなかった。

硬膜外麻酔、日本では無痛分娩と言われたりするもの。でも全然無痛じゃない。
人によって効き方が違うと読んだことがあるけど。
あまり痛みが変わらないんですけど〜??!!と心の叫び。

その2時間後くらいに麻酔が切れたようで、苦しんでいると、女医さんが麻酔を足してくれた。
すると、次はなんかちゃんと効いている!痛みが3割ほどになって、彼と普通に話せる余裕ができた。
これがすごく良い休憩となった。長丁場だったからこの時間に体力の温存ができた。
でも、陣痛を記録している機器の針を見ると、陣痛は弱くなっているようだった。
これでは、お産が進まない。

その数時間後、また麻酔が切れたようだ。今まで以上の痛みが襲ってくる。
でも、もう麻酔を足してくれないお医者さん。
陣痛が来るたびに、自分の髪の毛をわしづかみにして引っ張ってた。

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しばらくして子宮口が10cm(全開)となった、でも赤ちゃんはまだ十分に降りてきてないと言われた。
赤ちゃんが降りてくるように、ちょっと歩いてシャワー浴びてきてと言われた。
シャワー室が遠くて歩くの辛かった。シャワーを浴びてる間も辛い。
シャワーから戻ると、バランスボールに乗るのを勧められた。
友達はこれ乗ったら少しラクに感じたと言っていたが、私はそうでもなかった。
赤ちゃんが降りてきてるのか、陣痛の感覚が狭くなってきてより苦しかった。

医者に「お尻に圧迫(便をしたい感覚)があったら、呼んでね」と言われたが
お尻の圧迫は、陣痛が始まって以来ずっとあるのでよくわからない。

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何度かフェイントして医者を呼んだ。まだだね、と言われてバランスボールの上に戻る。
ずっと上下にびょんびょんしてた。

しばらくして、あーこの圧迫は強いぞ!というのがやってきて、分娩台の上に乗った。

そこからやっと分娩開始!
陣痛が来ると共に力むよう言われた。
1分間隔くらいにやってくる陣痛。

言われた通りに、こんなポーズで力んだり

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こんなポーズで力んだり

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ベッドには、私が思っていた取っ手がなかったのだ、踏ん張りにくいので代わりにシーツをわしづかみ。
力むという目的ができて、ただ陣痛に耐えているだけの時よりもよかった。
でも私の力み方が違かったようで、
「これじゃあ、力が逃げて押し出せないよ!息をとめて、指を入れるからそこを押すようにやってみて!」
と指導されて、その通りにやった。
「そう、これでいい!上手!」とほめてくれる女医さん。
それでも、思ったほど降りてきていないようだ。
褒められた力みを何度も繰り返すも、本当に少しづつなのだ。
心が折れそうになる。
「このままだと、あなたの体力がもたないので、次力んで降りてこなかったら横向きのポーズを試しましょう」
と言われた。私、ほんとに産めるのか?と自信を失い始めた。

でも、もう体制を変えること自体がつらい、このまま産みたい!ともっと力を入れて必死に力んだ。
するとそれが良い感じだったようで、けっこう降りてきた。
「髪の毛が見えてきた、お母さんのような黒い髪の毛よ!」と女医さん。
これが自分に火をつけた。何としてでも産んでやる!もうちょっとだよ、出てきてニナ!

ここに来てまた違う新しい男の先生が登場、この人と共にクライマックスを迎えることとなった。
どういう仕組みかベッドの下の方が分娩用に様代わり、足をかける場所もできた。
女医さんは私の真横に来て、生まれるその時まで励ましてくれていたようだ。
「私はここにいるよ、心配しないで!」
その時は誰が言ったのかも分からなかったが、やさしい人だったよねと後でオンドラが教えてくれた。

体が熱い、首に巻いてくれたつめたいタオルがありがたい。
もうこのまま産めると判断が下されたようで、陣痛の合間に水を飲むのも解禁された。
ゴクゴクと数回飲んだ後は、次々と押し寄せてくる陣痛に水を飲む余裕もなくなっていた。

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気づけばたくさんの医者や看護婦たちが勢ぞろい。
新顔の傍観者もいたが、白衣の一族に見守られてる感覚は悪くなかった。

ものすごい大きな塊が下の方まで降りてきていて挟まっているのが分かる。
これを産むとかありえないくらい大きい。
辛い、このままでは体が壊れてしまう。一刻も早く出さなければ!という衝動にかられる。
男の先生の指示で力む。
とうとう頭のてっぺんが出たようで、女医さんに「頭さわる?」と手をつかまれた、
私は「結構です!」と手を振り払ってた。
もう最後の段階に来たのか、陣痛なしでも力んで良しと指示があった。
そこから「ンヌォ〜〜〜〜!」と全力で4回くらい力んだ時か、
赤ちゃんの体がズルズルと出ていくのを感じた。
出てくる途中で全く痛くなかったが、会陰切開をされたのもわかった。

すぐに赤ちゃんの産声が聞こえた。

挟まっていたでかいものがすっきりとれ、もう来なくなった陣痛
やったー、終わったー、産めたーーー!

ものすごい達成感だった。

すぐに赤ちゃんをお腹の上にのせてくれた。カンガルーケアーってやつだ。


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「あったかい」
これだけを、何度も言っていたような気がする。赤ちゃんが温かかった。

オンドラは「切りますか?」と医者にハサミを渡され、臍の尾を切っていた。
彼はそういうの怖がるタイプだが、その時は感情が盛り上がってたのと、断る雰囲気でもなくやったらしい。

彼はクライマックスから生まれるまでずっと、泣いていたようだ。
すごく感動したと言ってくれた。
それを聞いて、彼に見せれてよかったと心底思った。           

私はそのまま後処理を受けていた。最後にもう一度力んで胎盤を出したりした。
少ししてニナを抱いたオンドラが戻ってきた。

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父になったね、オンドラ。

後処理を受けながら、横に座った彼と話していた。
10分くらいかけて会陰切開の部分を糸で縫われていたが、
興奮と嬉しさがいっぱいでチクチクされてる痛みから遠のいていれた。

「ありがとう」という気持ちでいっぱいだった。
特にこのLDRの職員たちに対しては、
緊迫した雰囲気がまったくなく穏やかで、信頼できて、ここの医者や看護婦のお陰で生むことができた。
この病院にしてよかった。

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初めて3人で過ごす、幸せな時間。
かわいいね〜かわいいね〜と二人でずっと言ってた。

看護婦に言われて、初めて赤ちゃんに乳を吸わせてみた。
生まれたばかりだというのに、しっかりしゃぶりつき、上手に口を動かし吸おうとしていた。すごい本能だ。

私の回復に2時間必要とのことで、ニナが連れて行かれた後もそのままオンドラと過ごした。
時計がなかったので、朝ここに来てからどのくらい時間が経ったのか分からなかった。
お腹はすごく空いていた。
残っていた入院食の夕飯をもらった。質素なものだったけど、朝以来口にする食事だったので美味しくかんじた。
病室に行く前に、看護婦さんの介助を受けながらシャワーを浴びに行った。
足元フラフラ、シャワーをかけると頭がぼわーとなって倒れそうになってしまい簡易ベッドに横になった。
「出産は本当に体力使うからね、よくあることよ、心配しないで。」と看護婦さん。
トイレにも行けなくなり、尿をチューブで出してもらって、シャワーの変わりにやさしく全身をふいてくれた。
思ってみれば2日間まともに寝ておらず、LDRで10時間、長い長い闘いだった。

とても満足のいくお産だった。



翌日、面会に来てくれたオンドラと通路で座って話していた時
帝王切開すると言っていた担当ドクターが目の前を通り過ぎた。
ちょうど、私の予定帝王切開が行われるくらいの時間だった。

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もう私の腕の中にはニナがいる。
それが不思議に思えた。

この陣痛が1日でも遅れていたら、予定通り帝王切開で生んでいたのだろう。
ニナが早く陣痛を起こしてくれたのだろうかと思ったりした。

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posted by A子 at 16:17| Comment(6) | 妊娠と出産の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

陣痛〜出産まで@

出産から10日、まだ10日。
今までの人生で一番すごい体験だったのに、もう随分過去のことに思える。不思議。
きっと、もっともっと忘れていってしまうと思うので忘備録を兼ねて書いておこうと思う。

1月2日
ブログにおしるしがあったと書いたその夜、今までに感じたことのない種類の陣痛があった。
今までは生理痛のような痛み、それはおそらく前駆陣痛。
この日はお尻側に圧迫を感じる便秘のような痛みもプラスされ痛みも強い、7分〜10分間隔だった。

医者に言われていた「急に陣痛が来たとしても帝王切開する」というのを私は信じていたので
「手術前検査しなきゃ〜!だから早めに病院行った方がいいと思う〜!」
と、オンドラに訴えた。
指示を仰ごうと、とりあえずオンドラが産院に電話してくれた。
すると、「では、今から産院まで来てください」と言われた。
その時20時、うちから産院までは1時間以上かかる。
「どうせ帰されるだろうからやっぱり明日朝まで様子みない?」
とオンドラに言われたが、私はどうしても産院に行きたかったので、二人で向かった。

婦人科の緊急外来到着、ノンストレステストと内診を受けた。
「陣痛のようなものは始まっているけれど、子宮口はまだ開いていないです」と言われた。
明日予約している手術前検診に普通に来てください、となって終わった。

なーんだ。でもまだ子宮口が開いてない、と分かっただけで私は安心できた。
病院最寄りのバスはもう運行しておらず、行きも帰りもトラムの停留所まで歩いた。
オンドラがタクシー呼ぼうとしてくれたけど、
私はいい、大丈夫!とこんな切羽詰まった状況でも、タクシー代ケチるのに必死だった。

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この歩くのがけっこうきつくて、陣痛が来るたびに立ち止まってた。きっと亀より遅かった。
トラム、電車、歩きと遠い道のり、今思えばこの運動が陣痛を強めたと思う。
家に到着したのは深夜だった。

家に帰りついて床についた。
そして深夜2時頃から始まったのは、歯を食いしばるような強い陣痛。
3分〜5分間隔でやってくる。呼吸で痛みを逃す、が逃せてるのか分からない。
これもう病院に行くべき間隔なんじゃ?と思いつつも、
初産はそんなすぐには産まれないから大丈夫だろうと思い朝までただただ耐えた。

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3日、朝を迎えた。
産院の手術前診察を受ける前に、一般診療所で心電図検査があった。
陣痛が酷くてもう歩ける状態ではなく、タクシーで20分、前住んでた町の診療所に向かった。
心電図を受けてる間も陣痛は続いている。
お医者さんと看護婦さんがとても親身でやさしかった。
婦人科医師でなくても、この状況で目の前に医者がいるというのは安心できるものだ。
心電図、前日受けた血液検査の結果(両方異常なし)をもらった。でももうそんな結果はどうでもいいくらい痛い。
ここからまた電車に乗り、プラハの産院まで行かねばならない。いや、無理だろ。
移動はもう不可能という状態の痛みとなっていて、オンドラが救急車を呼んでくれた。

診療所に救急車到着。
寝ながら運ばれたが、ここは田舎道、ガタガタの道が多く辛かった。

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つづく



posted by A子 at 03:03| Comment(6) | 妊娠と出産の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

娘誕生


1月3日午後7時2分、娘ニナが誕生しました〜
3010g、身長48cm
入院中の検査はいつも問題なしで、とっても健康体です。
最初から乳を吸う力がすごくて、看護婦さんに誉められてました。

生まれた直後の写真

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体にマジックで番号書かれてます(笑)
昔チェコでも新生児取り違えの事故があったようで
今はこんな対策がとられてるんですね。

予期せぬ展開が起こり、自然分娩で生むことができました。

おしるしが来た日の夜から始まった陣痛、
LDRに入ってから10時間の闘い、そして入院生活のことなど
落ち着いたらまた書こうと思います。

今日、無事自宅に戻ってきました。

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幸せな気持ちでいっぱいです。

posted by A子 at 23:02| Comment(13) | チェコの暮らしと旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

おしるし


今日で妊娠39週、今朝来たおしるしの話。

昨夜床についてから、もごもごと大きめの胎動を子宮のすごく下の方で感じてた。
赤ちゃんが頭をぐりぐり子宮口に押し付けている、そんな感覚。

そんな動きも収まってきた深夜1時ころにやっと眠りにつけた。
そして、朝4時に下腹部の痛みで再び目が覚めた。
それは臨月入ってからよくある、生理痛のような鈍痛。
いつもよりちょっと強い気もするが、まぁ本陣痛ではないだろうとそのまま様子をみた。
かなり短い間隔で痛みがくるが、耐えがたい痛みではない。本陣痛はこんなもんじゃないはずだ。
1時間後、起き上がってみたらその痛みは消えていった。

そしてトイレに行くと、おおこれは!
ティッシュに鮮血!
おしるしだ!

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びっくりしたと共に、内心にやり。
2日後には予定帝王切開、こういう体験はできないと思ってたから。

出産が始まろうとしている。
出産(手術)の日を毎日赤ん坊に伝えていたから、それが伝わったのだろうか。
お腹の子も外へ出る準備を始めたのかもしれない。

オンドラは、「血って?もう生まれるってこと?」とぼんやり起きた。
そして出勤の支度をしながら、そわそわ。
私は血液検査にいくため、せかせかと家を出た。

かかりつけの診療所へ行くため、前住んでいた町へ。
4時間に1本しか出ていないバス、電車で行くと1時間かかるが、バスなら30分で着くので出来るならバスで行きたい。
今朝は、ちょうどよい時間でバスが出ててラッキ〜♪


と、思ったのだが、、

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整備されていない道も多く通るため、道がガタガタしている。
ちょっと!振動がぁぁぁぁ、子宮に伝わってくるではないかぁぁぁぁあ。
うまいこと腰をあげ、振動が伝わってこないようにする。立っていた方がましだったかもしれない。
この揺れとともに、再び前駆陣痛のようなものが起こっているのを感じた。
そしてまた何か出てきてる感覚が。

クリニックのトイレに入ると、さっきの鮮血とは違うもっと茶色いドロっとしたおしるし第二号だった。

看護婦に血液検査をしてもらっている時、心配したオンドラから電話が入った。
ちょうど良いと思い、看護婦に電話を代わってもらって、
おしるしがあったけどどうしたらいい?と聞いてもらった。
「今まで閉じていた蓋が取れたようなもの、出産の始まりね。今は何もしなくていいけど、この後も血が出続けたり何かあったら産院に電話を入れてくださいね」と言われた。
彼も急を要しない事にとりあえずはほっとしたと思う。

帰りはバスがなかったので、電車でプラハ周りで帰った。
せっかくプラハに来たのでちょっとショッピング、
買いそびれていた乳児グッズなどを買って帰った。
下腹部の痛みはたまに起こるものの微々たるもので、落ち着いていた。

明日は、また朝から診療所へ心電図検査を受けに行く。
かかりつけ医を前住んでた町のままにしているせいで、地方の町やプラハを行ったり来たりで大変だ。
心電図検査、分娩する総合病院が他の検査と一緒にしてくれたらいいのに。

診療所の後は、総合病院で手術前検査があ
る。
それまでに陣痛おこったり、破水したりする可能性もありうるんだよな。
そんな事を考えるとドキドキワクワク。手術の検査はちゃんと受けれたほうがいいとは思うけど。
とりあえず明日は産婦人科にいるので、何か起きても安心だ。


posted by A子 at 13:07| Comment(0) | 妊娠と出産の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする